僕らの住む街から車を走らせて、そろそろ30分が過ぎようとしている。

 国道は山の中を突っ切るように敷かれているが、どうやら道路状況に先日の台風の影響はないようだ。平日の昼間ということもあって、順調に車が流れている。このままのペース−時速60〜70キロのスピード−で進めれば、あと1時間程で海に着けるだろう。

 カーステレオでは、出発した時からBOB MARLEY&THE WAILERS/「Live!」をかけていた。

 助手席の彼女は、さっきからずっと黙ったまま音楽に耳を傾けているようだ。特に苦情がないところを見ると、おおかた気に入ってくれたみたいで僕にとっては一安心といった具合だった。

 この「Live!」というアルバムは、レゲエの傑作であるだけでなく数多のライブアルバムの中でも最高峰の名盤として良く知られているが、純粋に音楽としての素晴らしさが生のまま記録されているのがその魅力だろう。

 『夏=レゲエ』という安易な公式は好きじゃないが、夏の野外にこれほど似合うアルバムは僕のCDコレクションの中でも、他には見当たらないのではないか。

 「Live!」を含めてBOB MARLEY&THE WAILERSには名作揃いだが、中でもBOB MARLEY/「Legend」は集大成的なベスト盤ということもあって一番の代表作とされている。レゲエ発祥の地ジャマイカや、そのジャマイカからの移民が多いイギリスはもちろん、中南米やアフリカでも、それこそ一家に一枚の割合で「Legend」が普及しているといっても過言じゃないそうだ。

 それだけBOB MARLEYは広く親しまれているのだが、それがまさか日本の、それも東北の山道を走る車中でも聴かれているという状況を誰が想うだろう。

 そうしてる間に曲は“No Woman No Cry”に差しかかった。「Legend」は基本的にスタジオ録音の音源を集めたものだが、例外として“No Woman No Cry”は「Live!」の音源が収録されている。それだけ「Live!」が名演だったということだ。

 Everything’s gonna be alright!

 軽快に山道を走る車中には、ずっと心地よい風が吹き込んでいた。僕と彼女の2人ともクーラーが少し苦手なこともあるせいだ。窓を開けている方がずっと気分が良い。

 彼女の髪が風になびくのを横目で見ながら、僕は「夏のにおい」について考えていた。

 どうして夏には「におい」があるのだろう?確かに夏独特の何とも言えない「におい」はあるもので、それが僕たちに夏の訪れと季節感を意識させてくれる。

 草木が青々と茂っているせいだろうか?それとも、にわか雨がジリジリと熱で蒸発していくせいだろうか?ともあれ、僕と彼女の間は、その快い「夏のにおい」で満たされていた。

 そうしている間僕も彼女も黙ったままだったが、おそらく彼女は昨日僕が致命的なミスを犯してしまったことで、内心ではひどく落ちこんでいたことを気をつかってくれていたのだと思う。「ねぇ、昨日海開きしたの知っているでしょ?これから海に行かない?」という、僕からの突然の誘いからそんな情況を察してくれたのだろう。

「最近…、どんな本読んでいるの?」

 そんな時だった。彼女が突然沈黙を破ってきたのは。僕は考え事を立ち切ってすぐに答えた。

「ヘミングウェイ」

「ヘミングウェイ?」

 彼女はとても意外そうな表情を浮かべて聞き返してきた。僕が「スコット・フィッツジェラルト」と答えるのでも予想していたのだろう。どうやら僕らしくもない答えに興味を持ったみたいだ。

「そうアーネスト・ヘミングウェイさ」

「あの『老人と海』とかのでしょ?」

「うん。でも、『老人と海』はとっくの前に読んだけどね。それから『武器よさらば』とか『誰がために鐘が鳴る』とか『日はまた昇る』とか、いわゆる長編の代表作は、もうね。今せっせと読んでいるのは短編だよ。」

「ヘミングウェイのどこが良いの?」

「余計なことがないところかな。どんどん削ぎ落としていって、必要最小限な文だけが残っているというか。それから自然の感じとか。音楽にしてもそうだけど、去年辺りからストイックな方向性が好きかもしれないね。ゴチャゴチャしたのは、何だかもうイイやって。」

「ふーん、ヘミングウェイか…」

 曲が“I Shot The Sheriff”へと移った。

 ERIC CLAPTON/「461 Ocean Boulevard」でカヴァーされたことで一躍有名になった曲だ。BOB MARLEYの自然でピュアな表現とERIC CLAPTONの噛み砕いてソフトにした表現。どちらが好きかなんては、個人の狭い嗜好によるものだろうが、聴いていて何かが伝わってくるグッド・ヴァイブレーション、それはどちらにもあると僕は思う。

 対極的な表現技法を用いたフィッツジェラルドにしてもヘミングウェイにしてもそうだ。

「ヘミングウェイね…」

 彼女は何かを確認するように呟いた。海に着いたら、あてもなく浜辺を歩きたかった。

Thanks For The Inspirations Of…

MERCURY REV/「All Is Dream」
SPRITUALIZED/「Let It Come Down」
THE FLAMING LIPS/「Yoshimi Battles The Pink Robots」

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